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制限のあるものに向き合う

2026/05/30 by 泉川貴広

制限のあるものに向き合う

6月の日本ツアーも近づいてきた。


毎回そうだが、ツアーには本当にたくさんの人が関わっている。一緒に出るミュージシャン、会場のスタッフ、ブッキングしてくれる人、宣伝してくれる人、マネージメント、そして当日来てくれるお客さん。


ふと、これだけの人を巻き込んでまでなぜこんなことをするのか、と考えることがある。

音楽はもうほぼ無料で聴ける。SNSの切り抜きで「ライブの空気感」みたいなものもなんとなく味わった気になれる。

だったらわざわざ現地に集まらなくてもいい、という考え方はたぶん客観的には正しいかもしれない。


それでもやはり、実際にその場で起きていることが、自分にとってもミュージシャンにとっても来てくれる人にとっても、いちばん深く残るものだと信じてこんなことを続けている。


スマホは、新しいものへの入口としてはとてもいいものだ。音楽に限らず、いままでにないスピードでものすごい量の情報にアクセスできる。ただ、その入口の先に実際の体験を一度プラスするだけで、得るものが何倍にもなって、しかも残り方の質が全然違う。


さらに面白いのはそのライブ体験のあとで、レコードという別の媒体でもう一度同じ音源に触れたとき、また違う角度から新しい感覚が生まれることだ。レコードはサイズも大きくアートワークとしても優秀だろう。ジャケットの紙の手触りも、実際に手で針を落とすことも、盤が回転しだして音が鳴るまでの沈黙も全部体験に含まれる。


見る → 開ける → 盤をプレイヤーに乗せる → 針を落として聴く。


この一連の流れには、スマホにはない「一つの作品に向き合っている」感覚がある。手間も時間もかかるし、途中で止めるのも面倒だ。だからこそ小さなこと、細かいところに気づいたり、ちょっとしたフレーズで感動したりできる。


情報に溢れたとても豊かな状況だからこそ、あえて制限のあるものや場所で一つのものに向き合うことで初めて受け取れるものがあるのだと思う。

今回はそのコンセプトのもとに、会場でしか手に入らないレコードを作った。音源を聴くだけならネットで聴けば十分だ。でも、ネットで発見して、ライブで体験して、レコードを持ち帰る。この3層の流れにこそ意味があると思っている。


そしてこの考えは、ミュージシャンとしての練習にも当てはまる気がしている。

一人で部屋で練習していると、効率の悪さがしんどくなる瞬間がある。スマホを開けば情報は無限にあって、YouTubeには無数のスタイルの弾き方やコツが上がっているし、理論の解説動画も理論書も大量にある。それに軽く触れれば、頭ではある程度わかった気にはなれる。


しかし実際に楽器を触って一つのフレーズに向き合っているときに起きていることは、それとは全然違う種類のものだ。指の感触、音の強さ、タイミング、力の抜き加減。スマホでは絶対に触れられない情報がそこに集まっている。


さらにそれを録音して、しばらく経ってから聴き直すと、また別の角度から自分の演奏が見えてくる。弾いている最中には気づけなかった、いいところ、悪いところ、勝手に出てしまっている癖とか。同じ素材に違う角度から触れるたびに、知っているはずのものが、知らないものに少しずつ変わっていく。


知る → 実際に演奏する → 客観的に聴き直す。


3つの層を行き来して初めて、「この曲を自分は知っている」と言える深さに近づける気がする。1層だけでは不十分だ。

正直、効率は全然よくない。1日でできる範囲は限られているし、1曲を3層で触り続けるのは時間がかかる。それでも、効率を捨てた先にしか辿り着けない深さは確かにあると思う。


ライブの3層も、練習の3層も、原理はたぶん同じだと思う。情報がいくらでも手に入る時代だからこそ、わざわざ制限のある場所に降りていって、一つのものに何度も向き合うことの意味が、昔よりもどんどん大きくなっているはずだ。


今回のツアーも、自分にとっては「制限のある場所で一つに向き合う」ということを、来てくれる人と一緒にやる時間になればいいなと思っている。


日本ツアー2026 Off Sync, Here

・6月8日(月)大阪 BLUE YARD:ピアノソロ

・6月12日(金)札幌 D-Bop Jazz Club:ピアノソロ

・6月15日(月)東京 COTTON CLUB:フルバンド

詳細:https://offsynchere.takahiroizumikawa.com/


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